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僕は優しさをもっていない。
痛みを知っているはずなのに人の痛みを感じられない。 全ての背景を知っているわけではないのに 人の弱さを許せない。 人の愚行を蔑んできた。 自分がその人の立場でいたら、 自分がその人の家庭に生まれていたら、 僕は今の僕になれるだろうか。 僕は今言っていることと同じことを変わらず言っているだろうか。 たぶん全くの別人に育つだろう。 僕は優しさを身につけたい。 どんな事をした人も、 どんな事が好きな人も、 全てを許せる優しさを持った人間になりたい。 いや、1人の大人としてならなければいけない。 誰かを許して、愛すること。 許すことが傲慢だとかそういうことではなくて、 誰かを嫌ってしまう前にその嫌う心を持った自分と対峙すること、 誰かを見下す前に、その見下す心を持った自分を戦うこと。 それぞれの人がそれぞれの修行を、 辛い想いを、哀しい想いをしてこの世を生きている。 特には酒を飲んで暴れるだろう。 時には人を傷つけるだろう。 時には誰かを殺してしまうかもしれない。 その人が負った心の傷は僕には計り知れない。 僕はその傷をしっかりと見つけられる、 あわよくば癒せる、そんな人になりたい。 優しい人になりたい。 人生が2度あれば *人生が2度あったとしても今現状を変えられない人は次も変えられない。 結局今自分自身と向き合い戦うことが必要なんだと思う。 自分を変えたい人は今この瞬間自分に勝つ他に自分を変える方法はない。 |
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おはようございます。今朝の5時過ぎです。
先ほど10時間勤務を終えて帰宅しました。 体はくたくただけどとても清々しい気分です。 今一緒に働いている人たちが大好きだし、 お客さんも大好きだし、 とにかくいつも笑いが絶えない。 そりゃあ、間違いもするし怒られるし、 相手の不甲斐なさにだって気がつくけど、 全然気にならない。 ほめられれば、 以前僕を叱ってくれた人、仕事の仕方を教えてくれた人の顔が浮かぶ。 その時は反発してばっかりだったけど 今になってその人たちのありがたみに気がつく。 日本に帰った時機会があれば、みんなを訪ねてみたい。 みんなを訪ねて、成長した自分を見てもらって、 そしてお礼をいいたい。 あなたのおかげでここまでこれました。 |
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只今朝の5時半。昨晩9時からのシフトを終えてたった今帰宅。
お金を稼ぐというのは本当に大変なことだ、と痛感する。 14歳の時、当時の親友の家で土方ととしてバイトデビューをしてから たくさんの職場を経験し全ての職場を全力でやってきた。 それでもまだこれだけ失敗し、注意散漫で、おこられる。 自分は仕事ができると思っていた過信に、そして要領が悪い自分に辟易した。 また同時に自分の我を改めて認識するいい時間になった。 人のせいにする心。相手に期待する心。 文句を言う心。自分をかばう心。 焦る心。人を嫌う心。 いらないものばかり。 こういった我は普段の生活(いい人ぶる)の中ではなかなか気づきにくい。 自分も周りも疲れてきたり、変なお客さんがきたり、 素が出やすい環境の中ひょこりと顔を出す。 その度に反省するのは簡単ではないが毎回するようにしている。 自分「んだよあいつ」 心の我「やなやつ」 自分「....あいつ?」 心「あいつ」 自分「あれ、俺今ひどいこと言った」 心「いや、あいつが悪いから完璧。俺ら別に問題ないから」 自分「そうか、やっぱりね」 自分「.....」 自分「いやいやいやいやいや、そんな事ないから」 心「!!」 自分「アブねーまた流される所だった。」 心「??」 自分「俺もう人のせいにしないから。」 心「!?」 自分「反発もしないし、嫌わない。素直になる。だから悪いな。俺からでてってくれ」 心「うわーーーーーー」 と反省までの流れは上のような感じ。 この反省は相手が100%悪いという事はありえない。 全ては己の鏡だと理解していることが前提になるが 自己肯定、自己是正、自己愛が染み付いているので 僕の心は何があっても自分をかばおうとする。 その悪い習慣を拳でつかんで握りつぶす。 自分が悪いと認めるのは自我の強い僕には辛い。 心は 「あいつあいつあいつあいつ!俺は悪くない!俺はいい人間!」 「あいつを責めろ責めろ」と暴れる。 うぐっとなるけど思い切って拳に力を入れる。 「違う!」と心に教えてあげる。これが悟りへの道。 自分を愛する我に付け入る隙を与えない。 常に人の立場にたち、考え、行動し、そして愛す。 上記を無意識にできた時、これが悟りだ。 僕の悟りは遠い。 僕の光はまだ人には届かない。 |

